ほの暗く温かい場所
春の息吹が公園を包み込む中、彼女の声が軽やかに響いた。
「もうすっかり春だね」笑顔ではしゃぐ彼女に彼は頷いた。
二人は手を繋いで公園のベンチに座っていた。
空は青く、日差しは温かく、花壇には花々が咲き揺れている。
彼女も彼も、まるで花の香りに酔いしれているかのようだった。
「ねえ、あの花はなんていう名前なの?」
彼女が指し示す先を見つめ、彼は目を細める。
紫色の小さな花が見えた。彼は知っている。あれは菫だ。
「菫だよ」と彼が応えると、彼女は目をぱちくりさせる。
そして何かを思い出したかのようにくすりと笑った。
彼は不思議に思い、首を傾げる。
「どうしたの?」
「菫っていう名前の子が、友達にいるの」と彼女が言う。
彼は「そうなんだ」と呟き、不思議な巡り合わせだなと思った。
「菫って摘んだら食べられる?」
「さあ……、天ぷらにでもすれば美味しいんじゃないかな」
「え、本当に? 食べられるの?」
彼女は半信半疑で聞き返し、彼はその無邪気さに笑みを浮かべた。
想像の中で想像の菫料理を作りながら彼は答える。
「食べられるよ。葉をおひたしにしたり、花を砂糖漬けにしたりね」
彼は適当な説明した。彼女は興味深そうに耳を傾けた。
「へえ、そうなんだ。じゃあ今度、試してみようかな」
彼女の呟きに、彼は苦笑した。
「いいね。だけど、今はラーメンが食べたいな」
想像の菫料理よりも、現実のラーメンの方がずっと魅力的だ。
「わたしも!」と彼女は目を輝かせて同意した。
二人は手を繋いだまま立ち上がり、公園を歩き始めた。
子供たちの歓声が遠くから聞こえてきた。
公園では、大気は霞み、泥が解けて、土が潤っている。
水溜りができて、虫たちが活動を始めている。
草が芽吹き、花が咲き乱れ、菫は微睡んだ土の中に隠れている。
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