響け、レゾンデートル

 春の夜、池のほとりで一匹の蛙が鳴き始めた。彼は自分の声が美しいと思っていた。他の蛙たちも彼に賛美の声を送った。彼はますます誇らしくなり一晩中鳴き続けた。


 翌日、彼は池の向こう岸に住む老人に見つかった。老人は彼を手に取り優しく語りかけた。

「君はとても上手に鳴くね。でも君は誰のために鳴いているんだろう?」


 蛙は驚いて老人の手から飛び出した。彼は老人の言葉に混乱した。自分は自分のために鳴いているのではないか? 他の蛙たちも自分の声を聞いて喜んでいるのではないか?


 彼は池に戻り他の蛙たちに老人の言葉を伝えた。しかし他の蛙たちは彼の話に興味を示さなかった。彼らはただ自分の声を競い合って鳴いていた。彼は自分の声が他の蛙たちに埋もれて聞こえなくなるのに気づいた。彼は虚しくなり鳴くのをやめた。


 その夜、彼は池のほとりで眠っていた。彼は夢の中で老人に再び出会った。老人は彼に言った。

「鳴くのをやめたのかい? それは残念だね。君の声はとても素敵だったのに」


 蛙は老人に尋ねた。

「何のために鳴いているのか解らなくなりました。自分のために鳴いても、誰かのために鳴いても、意味がないように感じます」


 老人は首をかしげた。

「君は鳴くことに意味を求めているのかい? それこそ無意味だよ。君の声は君の声だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 蛙は老人の言葉に納得できなかった。

「では僕は自分の声に何を見出せばいいのでしょう?」

「君が好きなように決めればいいさ。君の声は君の心を表すだろう。君の心が何を求めているのか、君は知っているんじゃないのかな」


 蛙は目を覚ました。彼は池のほとりで太陽の光を浴びた。彼は戯れに鳴いてみた。そして自分の心に耳を傾けた。自分の心が何を求めているのか、少しだけ分かったような気がした。


 彼は再び鳴き始めた。やはり自分の声は美しいと思った。他の蛙たちも彼に賛美の声を送った。彼はそれに応えてお辞儀をした。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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