アンハッピー・ケバブ

 勤めている会社を辞めることにした。理由は簡単で、上司が嫌になったからである。

「この仕事向いてないんじゃないかと思うんです」

 そう言ったみたけれども、上司は首を振るばかりだった。つまり退職を認めてくれないのだ。この令和の時代に。

「きみのような人材を手放してしまうのは惜しいよ」

 嬉しいことを言ってくれるじゃあないかと日和ったけれども、そんな風に言われても次の仕事は決まっている。

「まあ、君は好戦的だから、どんな仕事でもそれなりにこなすと思うけどさ」

 前言撤回。俺は上司の評価に眉根を寄せる。

「ほらそれ、そんな表情ですぐ裁判だ人権だと騒ぎ立てるじゃないか」

 上司は口元に手を当てて、ひそひそと声をひそめた。たしかに俺は正義感が強いし、すぐカッとなるけれども、裁判沙汰にまで発展させてしまったことは一度もない。せいぜい暴力沙汰までだ。

「そもそも論としてですね」

 俺は職を辞するに至った経緯を説明した。すると上司はうんうん頷いていたが「それはいけない」と言った。

「君の言い分はわかるけど、領収書がないと経理の山崎さんだって困るよ。ただでさえ今年は子どもが受験で心労もあるだろうしさ、せめて社会の決まり通りに仕事をしようじゃないか」

「はあ、まあ」

「そんな渋い顔をするなよ。山崎さんにも僕から言っておくからさ」


 というわけで上司の取りなしもあってか、ひとまず辞表は上司預かりとなり、俺は有給を用いた長期休暇に入ることとなった。ゴールデンウィークには連休なんて無かったのにおかしな話だぜ。そんなことを、一足先に無敵の人になっている学生時代からの友人に伝えたら「いいなあ。旅行にでも行くのかい」と羨ましがった。

「いや、特に予定はないんだけどね」と俺が言うと、彼は「じゃあ一緒にネトゲでもするかい」と言うのだった。

「いいね。トラップベース作って、ルーフキャンプで狙い撃ちして、笑いながら死体を燃やしてやりたい気分だ」

「おけ、じゃあ久しぶりに一緒にゲームしようぜ」

 そうして俺たちはネトゲにいそしむことになったのだった。俺は社会人になってからというもの、会社と自宅の往復で他に何もすることがなかったものだから、時間を持て余すという感覚すら久しかったのだけれども、友と一緒にゲームをしてみるとやはり楽しいもので、あっという間に時間が過ぎ去っていった。

「ところで連休中にやりたいこととかないのかい」

 ネトゲを一時中断して飯を食っている時にそう聞かれたので「いや、特にないけど」と答えると、「じゃあバーベキューでもしようぜ」と友が言う。

「ああ、いいね」

 とはいえ惰性で答えたものの、バーベキューとなると準備がいるし、それにこの歳で友人と肉を焼くだなんてなんだか気恥ずかしい気もする。そんなことを思っていると彼は「大丈夫だって、全部俺に任せてくれればさ」と言うのだった。

「そうか? じゃあそうするかな」

 どうせやることもないしなと思って頷くと、友はうれしそうに言った。

「うんうん。最高の焼き具合をきみに食わせてやるよ」

「そりゃ楽しみだね」

 そう言ってお互いに笑い合うのだった。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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