虹の橋を渡る

 私は虹を追いかけていた。雨上がりの空に向かって手を伸ばす。指の間から見える虹は美しく輝いていた。まるで夢のような幻だ。その幻に魅了され、虹の根元へ行けたなら、どんなに幸せだろう。


 虹は限られた時間にだけ現れ、空と大地をつなぐかけ橋となり、夢と現実の境界線を曖昧にする。だから、どんなに美しくても、虹を追ってはならない。


 ある日、私は虹を追いかけることにした。理由は重要ではない。具体的に書きたくもない。詰まるところ、追いかけるべきではない虹を、追いかけようと思う出来事が、私に起こっただけだ。


 その日はまだ雨が残っていたので、傘をさして外に出た。空を見上げると、虹がかかっている。近くにあるようにも、遠くにあるようにも見える。とても鮮やかで、まるで新品のパレットに絵の具を拡げたようだ。私はその虹を目指して歩き始めた。虹の向こうには何があるのだろう。虹の下には何があるのだろう。


 私は歩き続けた。途中で人にぶつかったり、車に注意されたりしたが、気にしなかった。私は虹だけを指針にした。やがて公園に着いた。公園の中央には池があり、池の水面には虹が映っていた。私はその光景に茫然とした。傘を閉じて、池のほとりに座った。虹を見ながら、しばらくぼんやりとしていた。


 どれくらいそうしていただろう。気が付くと池の水面には、虹だけではなく私の隣に座っている人の姿も映っていた。彼は私と同じように、水面に映った虹を見ている。私は彼のことが気になったが、その感情を表現する言葉を持ち合わせていなかった。もしも人生がすごろくなら、この公園のマスには「一回休み」と書かれているのかもしれない。


 水面に映る彼の表情からは、彼が何を考えているのかは読み取れない。大切な人を亡くしたばかりで、虹の向こうにその人がいると思い込んでいる人かもしれない。もしくは、肉親や恋人が別の女性と結婚してしまって、心から笑えなくなってしまった人かもしれない。やがて彼は私に気づいて、水面越しに微笑んだ。


「こんにちは」と彼は言った。

「虹、きれいですね」

「はい」と私は答えた。

「本当にきれいです」


 それは、想い続けていた誰かを失った日に見る夢のようだった。私たちはしばらく、虹を挟んで話をした。彼は、この公園が好きでよく来ると言った。私は、虹を追いかけて、ここに来たと言った。彼は、それは面白い試みでしたね、と感想を述べた。


 私たちは、虹が消えるまで話し続けた。虹が消えると、私たちは同時に立ち上がった。互いに、またいつか会おうと約束をして、別れの挨拶を述べた。


「さようなら、いつかまた」

「さようなら、またいつか」


 私は傘をさして帰路についた。私は虹に感謝した。

 私の運命は、いつかこの場所に続いている。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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