久しぶりに会った友人が陰謀論とスピリチュアルにハマっていた話

 海外から帰国したという友人から、久しぶりに会おうと呼び出されたのは早朝のカフェだった。誰に影響を受けたのか知らないが、物憂げにタブレットで英字新聞を読みながら、なにやらふんふんと鼻息荒く頷いている。その時点で嫌な予感はしたのだが、最初はウイルスで人体にナノマシンがどうとか話していたかと思えば、次第に世界の終わりがどうとかいう話になってきて、いよいよこれは例のアレが始まったのかなという気がしてくる。


「たけしくん、きみは陰謀論者ではないよね」と聞かれたので「ぼくは陰謀論者じゃないけど」と言いかけたところで、彼が遮るように「よかった、安心したよ。つまり陰謀論なんて概念は、真実をていよく隠すための詭弁であって、知られちゃ都合の悪いことを、いかにも妄想や思い込みであるかのように貶めるレトリックだからね」などとのたまう。


 なるほど。ぼくは何も言わずに目の前のエスプレッソコーヒーを啜り、遠慮なく眉を顰める。これまでにも、救いがたいほどに阿呆だな、と思うことは多々あったけれども、久しぶりに会ってここまで話が通じないとは思わなった。しかし彼は構わずに話を続ける。

「この宇宙は悪の組織に支配されているんだ。彼らは地球人を支配し、家畜のように搾取している。これは地球が改変される前から定められた宿命であって、回避することはできないんだよ」


 ぼくは呆れ果てながら「つまりきみはそう教えられて、それを信じているわけ?」と聞いた。

「うん。そうだよ」とあっけらかんと言うのでさらに呆れてしまう。

「誰に教わったの」

「海外にいる僕の師匠さ。君も知っている人だよ。『組織』の幹部だ」

 そんな人は知らない。

 もちろん組織とやらも。ぼくはますます呆れて、もう何も言う気がしなくなったけれども、友人はタブレットに保存された師匠の写真を見せてくるので見ざるを得なくなる。

「ほらこの人だよ。たけしくんも会ったことがあるだろう」と写真を見せられるけれども、ぼくに髪を虹色に染めて、西暦をあしらったデザインのサングラスをかけた知り合いはいない。


「あの人は組織の秘密を守るために、残った力を振り絞ってぼくに伝えてくれたんだ。ぼくは組織の末端の構成員として、その教えを日本に伝える使命がある」

「いや……もういいよ。わかったから」ぼくが遮るが友人は聞いていない。タブレットに保存された師匠の写真を見せながら、熱っぽく語り続ける。

「あのさ……その師匠とやらにはもう会わない方がいいよ」という提案は完全に無視された。友人はタブレットを操作して、宇宙人の陰謀論を語るサイトを開きながらぼくに見せてくる。そこにはUFOの絵がたくさん並んでおり、中心には『彼ら』のシンボルマークであるとされる五芒星が描かれていた。

「君もこの意味がわかるだろう? これは彼らが地球人を監視していて、いつでも改変できるということを表しているんだ。でも大丈夫、ぼくは彼らの教えに従って慎重に行動しているから今のところは気づかれていない。このままうまくいけば地球は救われて、ぼくたちも救われるんだよ」


「ごめんちょっと何言ってるかわかんないや……」先ほどから、彼はぼくを何だと思っているのだろう。赤い地球も五芒星の意味も初耳だ。彼は急に無表情になり、抹茶ラテを啜るばかりで何も言わなくなった。やれやれ……とぼくは天を仰ぎたくなる。明らかに馬鹿げたおっさんにハマってしまっているし、阿呆な陰謀論に染められてしまったのが気の毒だとは思うけれども、だからといってぼくに何かできるとも思えない。


「じゃ、ぼく帰るね」と伝票を持って立ち上がると、友人は何も言わず椅子を横にずらして通路を空けた。その目は虚ろで、ぼくの方を見向きもしない。まあこれも彼の人生だとは思うけれども……ぼくは彼の人生にちょっとだけ付き合ったことを後悔し始めていた。

 カフェを出ると、朝の街には柔らかな光が満ちていた。たくさんの人々が駅へ向かっていく中にぼくはまぎれていく。友人との会話を思い返しながら、彼はこれからどうするのだろうかと思うけれども、まあどうしようもないだろう。ぼくは彼の妄想する世界の終わりに思いを馳せながら、終わらなかったとしても友人は妄想の中で終わった世界を生き続けることになるのだろうな、と思った。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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