デイ・ドリーム・ビリーバー

「人生は短い」とわたしの友人であるミスター・タンクは言った。タンクというのはあだ名で、本名を森清二さんという。あだ名の由来は知らないし知ろうとも思わないけれど、とにかくそう呼ばれており、それで本人も周りも不便はしていない。


 その日、深夜のファミレスで遅めの夕食をとっていたわたしたちの会話は自然と死についての話になっていた。なぜそんな話になったのか今となっては定かではないが、たとえば映画の『ショーシャンクの空に』の話などをしていたので、なんとなくそういう流れになったのかもしれない。


「人生は短い」とミスター・タンクは言った。

「そう?」とわたしは言った。

「人によるんじゃない? 長く生きることが幸福ではないという価値観だってあるわけだし」

「それは違うよアキヤマ君」ミスター・タンクは首を振り否定すると断言した。


「長いか短いかというのは、単なる主観の問題じゃない。それは絶対的な尺度だ」

 彼はそう言って思慮深くテーブルの皿たちに視線を落とした。わたしも真似して自分の前にあるミックスグリルの残骸を眺めた。特に何の感慨もなく機械的に口に運んだので、食べた記憶はほとんど残っておらず、従って何の感想も湧かなかった。


「絶対的な尺度っていうのは?」

「例えば人生が有限である以上、何かを得たらそのぶん何かが減り、失ったらそのぶん何かが増える。そして総量自体は決まっており常に微減し続けている。それは動かしようがないんだ」ミスター・タンクは指を振った。

「君が言う主観ってのはさ、つまり得たり失ったりするそのバランスをどれだけ自分がうまく管理できているかという問題であって、絶対的に見ればみんな同じように減ってるんだよ。アキヤマ君も俺も星もね」


 わたしは頭の中だけで(あなたはそうだろうけどわたしは違う)と反論し、彼の持論に対しては特に賛同も否定もしなかった。ミスター・タンクはわたしの気持ちなど知らずに続けた。


「たぶんだけどね、そんな短い人生において何が最も重要なのかと言えば、それは『どれだけ得たのか』ではなく『どれだけ失ったのか』ということなんだ。つまり主観的にね」

「なるほどねえ」とわたしは自動的に相槌を打った。

「その考えでいくとさ、生まれてから死ぬまでの間に何かを得たり失ったりするのにうんざりしてさ、じゃあ生まれない方がよかったって思う人だっていると思うんだ。ああ、結局は失われるだけの無意味な人生だったなって」


「それはもったいないよ」とミスター・タンクはぴしゃりと言った。

「人生を楽しまなきゃ嘘だよ。せっかく生まれてきたんだから」

「失うことを楽しむことが主観的に重要なの?」

 わたしがそう訊くと、彼は待ってましたとばかりに目を輝かせた。

「そうだよ。世の中にはいろんな主義主張があるけども、その気になればなんだって主観的に楽しむことができるんだよ。君にとってはくだらないとしか思えなくても、別の誰かにとってはかけがえなく重要なことだってある」


「たとえばタンクさんにとってそれは何なの」

 わたしが尋ねると彼は胸を張った。

「俺はねえ、『デイ・ドリーム・ビリーバー』なんだよ」と誇らしげに言った。わたしは口の中のにんじんをゆっくりと咀嚼しながら続きを待ったが、ミスター・タンクは黙ったきりそれ以上何も言わなかったので、どうやら今晩の話はこれで終わったようだ。


 店を出ると夜風が頬を撫でたので、わたしは思わず「熱い」とつぶやいた。ミスター・タンクは頷いて「夏は夜」と言った。月は隠れている。闇は街明かりに照らされている。行き交う人たちの孤独な歩きスマホは、互いにぶつからないよう注意深くすれ違う。二十億光年彼方の星々を見上げたわたしの額に、どこからか雨粒が落ちてきた。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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