凍った時の中に

ここ数日ベランダで騒がしく鳴いていた蝉が消えた。

平日の昼間、テレビを見ていてふと気がついた。

少なくとも番組開始から約三十分、その声を聴いていない。

発情した蝉のベサメ・ムーチョは途絶え、窓からは涼しい風が吹いている。


蝉は死んだのか、それとも別の場所へ移動したのか。

どちらでもいいが、それでも気になるのは、

その一般名詞が自らのあだ名でもあるからだ。

甚だ遺憾に思う。


蝉の生涯が、蝉というあだ名を持つ人間にも当てはまるとは考えていない。

それでも夏をようやく終えたかというこの季節に退場されては、

我が身の人生の前途に広がる苦難と絶望、

あげくには夭折にすら思い至り、暗澹たる気持ちになる。


念のためベランダを探してみたが彼の姿は見つからない。

鳴きすぎて死んでしまったのだろうか、とも考えた。

考えてそれはとても不毛な人生であるように思えた。


長い時間を土の中で過ごし、さあ交尾でもするかという段になり、

その相手を求め叫び続け、頑張りすぎたあげく、力尽きて死ぬ。

目眩がするほど不毛な人生だ。


 「ここはバナナで釘を打つのに適した温度です」

そんな適当に思いついた自作の歌を口ずさみながら、

冷凍庫からアイスを取り出しスプーンでぐりぐりと穿り出す。

口に運び、その甘みに思わず眉を顰めた。

いろはうたう

素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから小説を書いてます

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