星うたいの夜
平仮名二文字で綴る言葉を徒につないでいく。
思いつきで始めた試みは星々を廻る円環として結実した。
鶺鴒は徹夜明けの重い目蓋を叱咤しながらも
口元の笑みを隠せない。
子どもの頃に好きだった歌を口ずさみながら、
形を伴った言葉の輪を様々な角度から子細観察する。
全体のバランスを整え印象を崩さぬようサイズを縮めていく。
厚いカーテンに遮られた窓の向こうの天気に興味はない。
思えばかつて自分は随分と多くのものを憎んでいた。
だがそれと同じくらい多くのものを愛してもいた。
喪われたもの達へ慰霊の意を捧げながら作業を続ける。
言葉を介さずには自覚も覚束ない己の感情に苛立つ。
だから鶺鴒はその想いを言葉にせず溜息に変えた。
そうすれば自分に嘘をついてしまうこともない。
個人的な感情の処理には慣れている。
思考の片隅に息づく旧友に思いを馳せる。
そういえば彼はよく空を見上げていた。
楽園を求めいつか現れる徴を待っていた。
鶺鴒は完成した言葉の輪を首にかけ空を仰いだ。
首輪に残る微かな温もりに冬の公衆便所を連想する。
空を飛びたいと請い願うには空の高さを知りすぎている。
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