忘れ物の見る夢
それが目的の行程ではないが
鴉は旅先で見つけた夢の断片は
できるだけ拾い集めることにしている。
それが目的の旅行ではないから
見落としたり忘れたり面倒なときもあるが
鴉は拾ったガラスの欠片は
何らかの手段で記録に残すことにしている。
たとえばノートに走り書き
自分のアドレスにメールで送り
気取ってレコーダーに鼻歌を吹き込み
目を閉じて魂の浜辺に枯木で文字を刻み
やがて集合的無意識の風に消えていく。
誰かがしなければならないのだ。
ガラスの欠片は砂場に放置されると
無差別に人を傷つける悪意になってしまう。
鴉も奉仕の精神だけで集めているわけではない。
いつか失くした夢の残滓に再会するかもしれない。
それを期待していないといえば嘘になる。
旅先で出会った老人は言った。
「でも夢というのは自分のものですから。
誰かに語られると それは自分のものではなくなるんです。
……私はあなたの夢に感動したのであって、私の喪った夢にではないのです」
老人はどこか不満そうだった。
夢が人を傷つけたのかもしれない。
鴉はそう思ってガラスの欠片を集める。
失われた夢自身には未練はあるのだろうか。
「あなたは別に傷ついてはいないでしょう」と夢が言った。
鴉の放浪には目的がない。
まるで迷宮を作るようなものだ。
それは旅ではなく、ただの迷子なのだ。
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